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イタリア研修レポート(オージモ)|さわかみオペラアカデミー

2026.02.27

活動報告

イタリア中部、アドリア海を望む丘の上に佇む町――マルケ州の古都オージモ。

昨年5月に開講した第2期さわかみオペラアカデミーは、まもなく1年間のプログラムを終えようとしています。その積み重ねてきた訓練の成果を試すイタリア研修が、いよいよ始まりました。第一週目の舞台は、昨年に続きオージモ。ACCADEMIA D'ARTE LIRICA Osimoの協力のもと、アカデミー生のための特別マスタークラスを開講しています。

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石畳の小道、ロマネスク様式の大聖堂、そして地下に広がる神秘的な洞窟群。中世の面影を色濃く残すこの静かな町は、観光地の喧騒とは無縁の、時間がゆっくりと流れる場所です。都市の喧騒や情報の洪水から離れ、余計な刺激が削ぎ落とされた環境。歌うという行為の本質に、自然と集中できる空間なのです。町の象徴であるサン・レオパルド大聖堂(Duomo di San Leopardo)は、12世紀のロマネスク様式。内部に足を踏み入れると、石造りの空間が深く静かな残響を生み出します。この空間は、何世紀にもわたり祈りと聖歌を受け止めてきました。

朝は教会の鐘の音とともに始まり、昼には丘の上から広がる柔らかな光と風を感じる。夕暮れには街全体が淡い黄金色に包まれ、どこからともなく歌声が響いてくる――。そんな環境の中で、私たちの研修は行われました。音楽に集中するために必要な「静けさ」と「歴史の重み」、そして本場イタリアの空気そのもの。

今回は、現地からの第一週目の報告として、マスタークラスの指導にあたったAlla Simoni先生について取り上げます。アカデミーを1年間指導し、イタリア研修にも同行している武井基治と山崎隆之に先生の魅力を対談形式で語ってもらいました。さらに、受講生・鈴木萌さんの「1週目を終えての声」もお届けします。

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Alla Simoni先生の何がすごいのか

山崎×武井が語る[3つの核心]

生きた伝統としてのベルカント100年前の声とつながっている

山崎:彼女の教えは、まさにイタリアで言う「ヴェッキア・スクオーラ(古い時代の伝統的な流れ)」そのものだよね。古き良き時代から受け継がれてきたベルカントのテクニックや音楽の作り方を、目の前で体験できる。それがまず貴重だと思う。

武井:僕はまず先生の「声」を聞いたときに、それを強く感じました。20世紀初頭の素晴らしい歌手達の録音と発声の“出方”が重なるんです。YouTubeで聴いても分かる。あれは偶然じゃない。

山崎:つまり、技術が途切れていないということだよね。

武井:はい。だから感覚論じゃない。ベルカントは様式ではなく「技術」なんだ、と。

山崎:しかも彼女の指導は具体的だよね。人によって言うことが違うように見えて、実は原理は同じ。ゴールがあって、「今あなたはここだから、こう」と道筋を示している。

武井:「この人とあの人で言われてることが違う」と言う人もいるけど、それは理解が追いついていないだけなんですよね。

山崎:そう。彼女はモンテヴェルディからロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニ、そしてヴェルディへと、音楽史の流れを順序立てて身体で辿ってきた人だと思う。いきなりプッチーニから始めていない。そこが決定的に違う。

武井:つまり、解釈が歴史の上に立っている。

山崎:そう。現代では「ベルカント」という言葉が世界中で使われているけど、実体が空洞化している場合もある。
彼女は、その“基準”を持っている人だと思う。

武井:だからこそ、今回の短い期間でも、まずその本物の基準に触れてほしいですね。

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短く端的で合理的「今はここだから、こう」

武井:先生の言葉は本当に短いですよね。

山崎:驚くほど合理的。余計なことを言わない。「今はここだから、こう」。それだけ。

武井:しかも言い切れる。ブレない。

山崎:怒らないし、イライラもしない。音が外れても「もう一回」と淡々と繰り返す。

武井:でも、あれは優しさというより厳しさですよね。

山崎:そうなんだよ。「答えはこれ」と提示されるから、ごまかしが効かない。

武井:今回、僕自身の指導の答え合わせにもなりました。これまで観察しながら積み上げてきたことが、大きくは間違っていなかったと確認できた。一方で、「ここはもう一歩先に行ける」と気づかされた部分もあった。

山崎:それは指導者として大きいね。

武井:ジンナスティカ(身体の使い方の体操)も印象的でした。シンプルで合理的で、続けると必ず音楽につながるようにできている。

山崎:彼女と話すと「ああ、近道なんてないんだな」と分かる。毎日の地味な積み重ね。それしかない。

武井:先生は「そんなんじゃダメ」とは言わない。でも、だからこそ厳しい。「答えはこれ」と短い言葉で突きつけられる。

山崎:装飾音の扱い一つ、イタリア語の処理一つも、全部言葉で説明してたよね。感覚ではなく、整理された伝統として伝えていたよね。

武井:レッスンを見ていて、自分の中の知識が再構築されていく感覚がありました。10年前の自分では理解できなかったと思います。

山崎:結局、発信源はベルカントの基礎なんだよね。

毎日が歌手を作る/生活の中に歌を組み込む

武井:印象的だったのは、「その動きは自然じゃないでしょ?」という言葉です。

山崎:歌は本来、不自然な身体の使い方をする。でも舞台では自然に見せなければならない。訓練された不自然を自然にする。それが技術だよね。

武井:そして、それを毎日続ける。

山崎:イタリアの古い音楽教育文化、ヴェネツィア楽派やナポリ楽派の歴史を見ると、音楽は生活の中に組み込まれていた。
週1回ではなく、ほぼ毎日。

武井:「自分の声を聞いちゃいけない」という言葉も印象的でした。遠くに響かせる声は、自分では正しく判断できない。だから客観的に聞いてくれる存在が常に必要なんですね。

山崎:独学だと限界がある。だから今回のように短期間でも「管理された時間」に身を置く意味は大きいと思います。

武井:昔は大西洋横断に約1週間から10日ほどかかった。移動時間が休養と内省の時間だった。

山崎:今は電車や飛行機で移動して、すぐ歌う。整える時間も削られている。商業主義の中で人が消費されやすい時代だからこそ、ほぼ毎日同じことを繰り返しの中で音楽だけを伝えている姿勢は貴重だと思う。

武井:芸術は突然うまくなるものじゃない。生活の積み重ねが声になりますよね。

山崎:今回の5日間は、あくまでスタートに過ぎない。

武井:方向さえ間違っていなければ、必ずつながる。

山崎:前提は『毎日の積み重ね』だよね。

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受講者インタビュー

オージモ一週目を終えて――鈴木萌さん

――この1週間の研修を終えて、いかがでしたか?
鈴木:本当に、日本ではできない経験ができたと思います。ずっと「何の曲をやったらいいのか」「どんな方向に進めばいいのか」と迷っていたのですが、今回の1週間で、少し方向が見えた気がします。日本に帰ってからも頑張りたいと思います。
――印象に残ったことは?
鈴木:体の使い方ももちろんですが、「自分は楽器で、立った瞬間に歌う準備はできている。あとは役としてそこに立って parlare(語る)するだけ」ということが印象に残っています。それから、「自分が声の主人でなければいけない」ということ。そのためには、そのオペラのオーケストラ編成なども参考にしながら、今の自分の楽器に合ったレパートリーを選ばなければいけない、という点も大きかったです。私はレパートリー選びを間違えていたと感じていたので、とても腑に落ちました。
また、喜びや悲しみなどの感情を、役柄としてどう表現するかということも心に残っています。
――反省点はありましたか?
鈴木:メンタルが弱くて、レッスンの途中で心が折れそうになったことです。でも、とても良いレッスンを受けることができました。
――最後に。
鈴木:オージモの町も人も温かくて、本当に最高でした。短い期間でしたが参加して本当に良かったです。素晴らしい機会を与えてくださった財団に感謝しています。帰国後も日々歌に向き合っていきたいと思います。

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オージモでの第一週目を終え、研修は次のステージへと進みます。第二週目は、音楽の都ミラノ、そしてノヴァーラへ。さらに高度で実践的な研修が続きます。若い歌手たちが現場の空気の中で何を掴み取るのか。その歩みを、引き続き現地からお伝えしてまいります。
どうぞ次回の報告もご期待ください。

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