観劇レポ|喜多方酒蔵オペラ「ラ・ボエーム」
2023年7月29日、喜多方プラザ文化センター大ホールにて喜多方 酒蔵オペラ 「ラ・ボエーム」が開催された。喜多方 酒蔵オペラは当財団が取り組むオペラを通じた地域活性事業の一つで、喜多方市で江戸時代から続く大和川酒造店の「大和川酒蔵北方風土館昭和蔵」で2018年 オペラのガラコンサートを行ったことから始まった。年々観客が増え、昨年からはコンサートホールに会場を移して開催している。
今年の「ラ・ボエーム」では、ミミ役にソプラノ歌手の上田純子、ロドルフォ役にテノール歌手の前川健生、ムゼッタ役にソプラノ歌手の中川郁文、マルチェッロ役にバリトン歌手の市川宥一郎が配された。また、パルピニョール役には地元喜多方市在住のテノール歌手油谷充恩が出演 した。合唱は、2021年に地元市民を中心に結成された酒蔵オペラ合唱団が担い、6歳から70代までの総勢約50名 が、1年に渡る練習の成果を発揮して、第2幕を中心に舞台を華やかに彩った。 通常オーケストラによって演奏される音楽は、今回の公演では全てピアノで演奏される。ピアニスト篠宮久徳が、プッチーニの繊細な世界を奏でた。
35度を超える猛暑日から、幕が上がると、寒さに凍えるパリの下宿。ロドルフォとマルチェッロのやり取りから物語が始まります。前川健生さんと市川宥一郎さんのテンポの良いやり取りに、「オペラを見るぞ」と身構えていた心がほぐれ、客席全体も「楽しもう」というモードに変わるのが感じられました。
第1幕
そんなコミカルな雰囲気が、ロドルフォとミミの出会いの場面で、ろうそくの火が消え、舞台が暗くなると、とたんにロマンチックになります。前川さんがロドルフォのアリア「冷たき手を」を、想いをたっぷり乗せて歌い掛けると、ミミが「私の名はミミ」で応えます。上田純子さんが演じるミミは、控えめで、清楚で、大和撫子と呼びたくなります。うつむきながら、呟くように始まったミミの歌声が、曲が進むにつれて、芯を持ち、熱を帯び、気づけばホールいっぱいに歌声が響き渡る様子は、暗い舞台に花のつぼみが開く様を見ているようでした。
第2幕
色とりどりのドレスや燕尾服などに身を包んで街に繰り出す人々が舞台いっぱいに広がり、クリスマスイブの夜のパリの街が現れました。おもちゃ屋のパルピニョールを子ども達が追いかけるシーンでは、子どもたちのはつらつとした声が舞台に響きます。真っ直ぐに響くかわいい歌声に、思わず客席に笑顔が広がりました。 それに続くのが、全幕を通じて最も華やかなムゼッタのアリアです。 ムゼッタのアリア「私が街を歩けば」では、深紅のロングドレス姿の中川郁文さんの軽やかで爽やかな歌声が中川さんの動きに合わせて舞台の上ではじけます。マルチェッロでなくても目が離せなくなるような、しなやかでかわいらしいムゼッタでした。そんなムゼッタのパトロン アルチンドロを演じるバリトンの品田広希さんは、様々な音楽や人、色彩が入り乱れる舞台のなかでアクセントとなり、とても印象的でした。
第3幕と第4幕
舞台は一転して悲劇の色に変わります。第2幕ではあんなに楽しそうだった街の人々が生活に追われてうつむいて無言で通り過ぎていきます。そんな寒々とした風景の中で、別れを告げられたミミと、ミミのために別れを選ぶロドルフォ。上田さんと前川さんの真っ直ぐな声が、身を切るような寒さの雪の日の情景に、痛々しいくらいに響いていました。そして、舞台は第4幕へと続き、屋根裏部屋でのドタバタの大騒ぎから、ミミの死というジェットコースターのような展開を迎えます。前川さんの胸が張り裂けるような叫びに圧倒され、息をするのも忘れたところで幕が下りました。
カーテンコール
合唱団も合流し、再び訪れた華やかな舞台に。舞台の余韻の中で思い浮かぶのは、悲劇的な最後ではなく、歌い、笑い青春を謳歌する若者たちの姿でした。ラ・ボエームの若い芸術家やヒロインたちを若手歌手たちが全力で演じる様子は、音楽にとどまらない演目の魅力にも気づかせてくれました。拍手が鳴りやまず、何度も続くカーテンコールに、子ども達が遊びはじめてしまい観客席から笑みがこぼれる場面もありました。
そんな喜多方 酒蔵オペラの魅力は、舞台と観客との間に親密な空気を感じられる点にあるのではないでしょうか。歌手たちの多くが過去の喜多方での公演にも出演していること、合唱団が市民であること、地元の企業が協力していること、そういったことが積み重なり、オペラが「遠いイタリアの高尚な音楽」ではなく、「自分たちが作り楽しむ文化」になりつつある、そんな雰囲気を感じました。
公演名
喜多方 酒蔵オペラ「ラ・ボエーム」
開催日程
2023年7月29日
開催会場
喜多方プラザ文化センター大ホール
公演内容
ジャコモ・プッチーニ作曲/オペラ「ラ・ボエーム」/全4幕/原語上演/日本語字幕付き
主な出演
ミミ:上田純子/ロドルフォ:前川健生/マルチェッロ:市川宥一郎/ムゼッタ:中川郁文/ショナール:上田誠司/コッリーネ:松中哲平/ベノア、アルチンドロ:品田広希/パルピニョール:油谷充恩/合唱:酒蔵オペラ合唱団/ピアノ:篠宮久徳/演出・合唱指揮:奥村啓吾(さわかみオペラ芸術振興財団 所属)