観劇レポ|オペラ「カルメン」ハイライト南魚沼公演
2023年10月7日、地元で編成した「南魚沼オペラ合唱団うたのみ」と、世界で活躍するオペラ歌手たちとの夢の競演が実現した。会場は、季節の変わり目で少し肌寒くなった南魚沼市民会館。大ホールに到着すると、従来のオペラとはすこし違う空気に包まれていた。10月の清涼な空気で満たされるはずのホールは、親しい人の晴れ舞台を一目見ようと集まった人々の熱気で充たされていたからである。地域を元気にさせようと集うだけで、これほどまでに場の空気が一変するとは、驚きとしか言えない。 歌劇のプロフェッショナルを迎えるだけでなく、地域ぐるみで合唱団を編成する試みは、ここ南魚沼だけでなく、徳島や喜多方など全国各地で叢生してきている。興味深いのは、地域ごとに特色はあるものの、熱き想いという点だけは一致している点。これこそが、従来のオペラとの違いと言えよう。
ふくよかな南魚沼米と銘酒が生まれる清らかな土壌は、実直な人々の共演を予感させる。地域に住む多くの人たちが初めて観るオペラだけに、演出・合唱指揮の奥村啓吾氏の事前解説が有難い。感動した時には、ブラーヴォ、ブラーヴァ、ブラーヴィと発すればよいとの声掛けが、会場の空気を和ませる。 準備はOK、さあ始まりだ。耳に馴染みのある前奏曲は、勇壮に響きつつも、これからの悲劇を予感させる。パイプオルガン風の重層感漂う編曲が、絶妙な味わいを奏で、人々の行き交う喧騒の舞台が始まる。少し緊張した面持ちの合唱団の演者たちに対し、もの怖じしない子供たちの連隊の声が響く。
「ハバネラ」を歌う一番人気のカルメンの歌声は、妖艶な中にも、自由を生き抜く人間の逞しさが見え隠れしている。大胆さだけでなく繊細さも備えた響きが、合唱団の歌声に共鳴していく。その魅力に心を奪われた衛兵ホセは、迷いと憂いに悩みつつ、運命に逆らうことができない。その苦しみが、汗が滲む狂演となり、会場の人々が歩んできた人生の艱難を深く思い返させる。
そのホセと一線を画す恋敵エスカミーリョは、自信と逞しさを兼ね備え、誰もが口ずさめる「闘牛士の歌」を高らかに歌う。バリトンの響きが歓びの歌声となり、人々の視線を一つに集めている。この揺るぎない響きに沿うように、合唱団のパワーが一段と増す。厳冬の寒さを予感させる南魚沼の地から、スペイン・セヴィリアの情熱の大地へと誘う饗演へと昇華していく。
カルメンに愛想を尽かされたホセを見つめる、可憐な娘ミカエラは、繊細な心を振り絞り、アリア「何が出ても恐くない」を歌う。ミカエラは、危険で、かつ美しいカルメンに、怖がらずに勇気をもって対峙するのである。一途な思いは、人々の心を揺さぶらずにはおかない。透明感のあるソプラノの高音が耳朶を揺さぶり、困難を乗り越える勇気の大切さをうったえている。
フィナーレは悲劇だが、歌声は生きる歓喜と重なる。これこそがオペラの醍醐味なのかもしれない。南魚沼の地で改めて、その思いを強くしたひととき。さらに、地域創生オペラ運動は、地域に根を張る生活者と、世界を股にかけて活躍する歌い手たちが、分け隔てなく手を取り合って創り上げていく協演でもある。
思いは、プロの演者だけでなく、地域の人々の生活にも、じっくり、ジワッと沁み込んでいくはず。そのため、舞台は、観劇するコンサートホールだけにあるのではなく、日々の生活の中にも存在していると言ってもよいだろう。オペラを通して、一生懸命に生きることの素晴らしさを、日々の生活の舞台で実感していけたらと願う午後のひとときであった。(寄稿:平山 賢一|さわかみオペラ芸術振興財団理事)
公演名
オペラ「カルメン」ハイライト南魚沼公演
開催日程
2023年10月7日
開催会場
南魚沼市民会館大ホール
公演内容
オペラ「カルメン」ハイライト/原語上演/日本語字幕付き
主な出演
カルメン:山川真奈/ホセ:後田翔平/ミカエラ:中川郁文/エスカミーリョ:市川宥一郎/合唱:南魚沼オペラ合唱団うたのみ/オルガニスト:橘光一/演出・合唱指揮:奥村啓吾(さわかみオペラ芸術振興財団 所属)