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REPORT

文化への投資は人生の本当の価値を知ること

2024年12月15日(日)に、さわかみオペラin徳島「愛の妙薬」を観劇。6年連続6度目となる徳島公演を鑑賞し、最も私の心に感動をもたらしたのは、キャストとスタッフの一体感である。

2025.01.27 全国公演 徳島

当財団の代表である澤上篤人氏は、言わずと知れた日本における長期投資のパイオニアであり、私にとっての大切な師でもある。資産運用の世界で“さわかみ”の名を知り、当財団に辿りつかれた方は、なぜ芸術なのか、なぜオペラなのかと、不思議に思われる方もおられるのではないだろうか。しかしながら当財団が、設立からわずか10年で、日本そして日本の素晴らしい地方地域のために、一つの役目を果たせつつあるまでに成長し続けているということが、創設者たる氏の世の中に対する哲学(フィロソフィー)の先見性を表していると思わざるを得ない。

澤上篤人氏は、17歳で父親を亡くしたことをキッカケに、裕福な世界から貧しい世界へと自身を取り巻く環境が一変したという。その時、日々の生活もやっとのはずの人々が、やたらと優しく、お互い様だと分け合い、皆んなで懸命に生きている姿に感銘を受けた。そして、当時の原体験こそが、長期投資の理念につながっていると語る。氏が17歳の時と言えば、東京オリンピックが開催された年であり、日本が戦後の復興から高度経済成長に移行したタイミングである。生きるために、弱肉強食で肉体を維持してきた時代から、社会資本整備、技術革新、モノの普及を通じて、肉体とともに心を育てる時代へと移っていった。心を育てるもの、それこそが“文化”である。

氏が今に続く長期投資の理念、必要性に気がついた時というのは、まさに文化を必要とする時代に移行したタイミングであったのだ。「文化は最高の長期投資である」という氏の言葉が、私には後付けの言葉とは到底思えないことも、こうした氏の一貫した思いに触れているがゆえである。

ところが果たして、世の中は、正しく進歩を遂げているだろうか。日本社会を動かしてきた民主主義は崩れ、資本主義は歯止めを失っている。新自由主義の行き過ぎた浸透は、富と権力を無限に渇望し、自己の利益を最優先にする人間を多く生み出した。そして、人々は、そうした人間を優れた人間とする礼賛に煽動されている。私が、澤上篤人氏と出会った25年前、日本の資産運用、特に投資信託に感じた行き詰まりも、今に思えば、進化と発展を求めるほどに、富と所得は一般大衆から一握りの金持ちへ、あるいは脆弱な地方から豊かな都市部へと流れる顛末を危惧していたのかもしれないと感じる。

さて、当財団は、オペラを通じた地域活性に取り組んでいる。その目的は、まさに、これからの日本に必要な芸術・文化の情操を通じて、地方地域に笑顔が溢れ、日本を元気にすることである。徳島は、今や各地に広がった取り組みの出発点である。2018年に初めてオペラ歌手によるコンサートを開催して以来、この度の公演に至るまでの8年間、地元の方々とともに、地道に丁寧に、その活動を展開してきた。そして、オペラを通じて、壊されつつある日本の伝統社会を守り、人々の内的無秩序を癒し、心(情緒)を育ててきたと自負している。

今回、6年連続6度目となる徳島公演を鑑賞し、最も私の心に感動をもたらしたのは、キャストとスタッフの一体感である。キャスト一人一人の潜在能力や役目を引き出し、その全てが最高の状態で昇華される瞬間の照準を本番に合わせる。演出・武井基治の天賦の才能であろう。自身もオペラ歌手でありながら、この難役を務めあげる背景には、一回一回の結果に誇りを持ち、保つための、弛みない努力があるように感じる。ゆえに、今この瞬間も成長し続け、関わる人全てに挑戦することの意義や魅力、満足をもたらしてくれるのだろう。

本番で、キャスト一人一人が自由に演じ、奏で、魅せることが出来るのは、日々の規律ある努力の上にこそ花開き、だからこそ観客はそのひと時に素晴らしい喝采と支援を届けるのだ。今の世の中は、モノや情報が過剰に溢れ、物事の本質が見えなくなっている人たち、自分の人生をどう生きれば良いか分からず、惑い迷う人たちのなんと多いことか。人は物質にとらわれすぎると、人生の本当の価値が見えにくくなる。どう生きれば良いか分からないから支配的な常識に煽られ、物質主義的な価値観に判断をゆだねてしまうのだろう。だからこそ、これからの日本、世の中には、“文化”が必要なのである。

我々は、近寄りがたいと思われがちな従来のオペラに対する印象を打ち破り、人々の心の糧として発展したオペラ本来の意義に立ち返って、親しみやすく、人生に欠かせない楽しみとしてのオペラの普及に努めている。生活者に身近で、かつ芸術性の高いオペラ文化を日本に広めたい…この思い、そして取り組みは、我々一人一人にとっての、人生における希望であり、壮大なプロジェクトなのである。そしてこの先には、再び、未来を自らの手に握ることのできる日本の新しい夜明けが待っていると信じている。(寄稿:中野 晴啓|さわかみオペラ芸術振興財団理事)

公演名

さわかみオペラin徳島「愛の妙薬」

開催日程

2024年12月14日、15日

開催会場

あわぎんホール(徳島県郷土文化会館)

公演内容

全2幕/原語上演/日本語字幕付き

主な出演

【14日】アディーナ:サブリーナ・サンツァ(Sabrina Sanza)/ネモリーノ:本多信明/ベルコーレ:澤地豪/ドゥルカマーラ:宮本史利/ジャンネッタ:松平幸【15日】アディーナ:黒田詩織/ネモリーノ:後田翔平/ベルコーレ:ダニエレ・ムラトーリ・カプート(Daniele Muratori Caputo)/ドゥルカマーラ:松中哲平/ジャンネッタ:市岡裕紀子【両日】合唱:コーロ・インダコ/ダンス:ダンツァ・インダコ/バンダ:オーケストラ・インダコ/指揮:山崎隆之(さわかみオペラ芸術振興財団)//演出:武井基治(さわかみオペラ芸術振興財団)/演奏:さわかみオペラオーケストラ|1stヴァイオリン:尼崎有実子(コンサートミストレス)、2ndヴァイオリン:小野唯、ヴィオラ:川村凛子、チェロ:小森奏、コントラバス:奥山尋冬、フルート:牧ほのか、クラリネット:青木萌、トランペット:火ノ川慎平、ピアノ:篠宮久徳

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