観劇レポ|喜多方酒蔵オペラ「椿姫」
2024年6月22日(土)に「喜多方酒蔵オペラ 椿姫」が開催された。酒蔵オペラとして7年目、酒蔵オペラ合唱団が加わって4年目となる。美しい歌声で観客を魅了したソリストたちだけでなく、この日に向けて練習を重ねた酒蔵オペラ合唱団のメンバーたちも見事な演技を披露。パリの社交界に生きる高級娼婦ヴィオレッタの愛と哀しい運命が描かれた珠玉の名作「椿姫」を、ワールドクラスのソリストたちに加わって演じきった。
喜多方駅から徒歩10分ほどに位置する喜多方プラザ文化センターはこの日、開演前から異様な熱気に包まれていました。開催や出演を祝うスタンド花が立ち並び、1,000席ある大ホールは大入り超満員。人通りがなく閑散とした街なかの風景をみて地方の衰退はここまで来たかと心配していたのですが、このホールの中はまったく別世界でした。
高級娼婦ヴィオレッタの愛と哀しい運命が主題となる椿姫。豊かな声量でヴィオレッタの切ない思いを歌い上げた中川郁文さん、アルフレードの感情の起伏を見事に表現してみせた前川健生さん、実年齢を超越した重厚な歌声を聴かせたアルフレードの父ジェルモン役の市川宥一郎さんと、ソリストたちの演技は素晴らしかったのですが、ある意味で今回の主役は地元の合唱団やダンサーたちだったのかもしれないと感じました。
椿姫は、いうまでもなくオペラを代表する人気作ですが、終幕でのヒロインの死に向けて進む構成だけに、演じ方によってはただつらく哀しく切ないだけの作品ともなってしまいます。そんななか、序幕のヴィオレッタが開いた夜会での社交界の享楽的な雰囲気、そして三幕、悲劇のクライマックスを前にパリの街なかで繰り広げられる謝肉祭の賑わい。合唱団やダンサーたちによるとことん明るい熱演があったからこそ、自らの死期を悟り、愛する人との別れに翻弄されるヴィオレッタの哀しい運命が際立ったのだと思います。
さわかみオペラの地域公演の素晴らしい点は、地元で組織した合唱団やダンサーはもちろん、彼ら・彼女らの家族や友人・知人たちまで、当事者として巻き込んでしまっていること。華やかな衣裳をまとった自分の家族や知り合いが序幕のシーンで名曲「乾杯の歌」をイタリア語で歌い上げる様子は、観客として参加した人たちにとってもきっと忘れられない思い出となったことでしょう。三幕では、サプライズの演出で謝肉祭に沸くパリの群衆を観客のど真ん中、会場の通路に出現させ、観客たちをあっといわせました。
公演で印象に残ったことを二つ補足すると、まずはピアノの篠宮久徳さん、ヴァイオリンの草川研二さんの演奏の素晴らしさ。このたった2人による演奏が、公演の風景に彩りを与え出演者たちの演技を際立たせました。さわかみオペラを知り尽くした篠宮さんのピアノがすごいのはいつものこととして、起業家でもある草川さんの演奏レベルの高さにも舌を巻きました。また、品田広希さんがソリストとしてではなく、なんとも楽しそうに観客席の最前列から指揮棒を振っているのも印象的でした。ステージ上の合唱団メンバーから品田さんに向けられる視線からは、合唱指導を担当してきたソリストと合唱団との信頼関係をうかがわせました。
この「酒蔵オペラ」は、名前の由来でもある大和川酒造のなかで開催していた頃からみていますが、演目の完成度が年々高まっているのはもちろん、さわかみオペラが地域にどんどん根づいていっていることも実感します。大和川酒造で開いた打ち上げレセプションには、喜多方と同じように地域オペラづくりに取り組んでいる徳島、南魚沼、弘前などの実行委員や合唱団メンバーもたくさん参加していました。彼ら彼女らがそれぞれの地域で合唱の指導を担当しているソリストたちと一緒に「乾杯の歌」を歌いあげているのを聴きながら、さわかみオペラが目指す「オペラによる地域振興」も夢物語ではないなと改めて感じました。【守田正樹(日本経済新聞キャスター、オペラアミーチ会員)】
公演名
喜多方 酒蔵オペラ「椿姫」
開催日程
2024年6月22日
開催会場
喜多方プラザ文化センター 大ホール
公演内容
全3幕/原語上演/日本語字幕付き
主な出演
ヴィオレッタ・ヴァレリー:中川郁文/アルフレード・ジェルモン:前川健生/ジョルジョ・ジェルモン:市川宥一郎/フローラ・ベルボア:山川真奈/アンニーナ:三戸はるな/ドゥフォール男爵:宮本史利/ガストーネ子爵:髙梨英次郎/ドビニー侯爵:杉尾真吾/グランヴィル医師:松中哲平/ジュゼッペ:油谷充恩/合唱:酒蔵オペラ合唱団(地域合唱団)|ピアノ:篠宮久徳/ヴァイオリン:草川研二|演出・合唱指揮:奥村啓吾