[喜多方]駅舎から始まっていた『ラ・ボエーム』(前編)
2026年6月27日(土)、喜多方プラザ文化センター大ホールで上演した「喜多方市合併20周年記念事業 喜多方 酒蔵オペラ『ラ・ボエーム』」。この公演には、イタリアのアンコーナ・テアトロ・デッレ・ムーゼおよびオジモ・アカデミア・ダルテ・リリカで芸術監督を務める、ヴィンチェンツォ・デ・ヴィーヴォ氏を迎えた。

喜多方でのオペラ体験は、駅に降り立ったとき、すでに始まっていた。さわかみオペラ芸術振興財団が上演する、プッチーニ作曲の『ラ・ボエーム』、それを観るために訪れた私を、駅のそばの通りにひるがえるイタリア国旗が迎えた。オペラの生まれた国への敬意が、遠く離れた日本の街で、こうして目に見える形になっている。中心街へ向かう途中、喜多方の合唱団が稽古をする拠点の前を通った。その看板にも、イタリアの三色旗があった。ここにも、イタリア・オペラへの愛情が息づいていた。劇場に入ると、ロビーには土地の特産品が並んでいた。澄んだ水と良質な米に恵まれたこの地が生み出す、見事な日本酒や、風味豊かな調味料。
人々が集う空間には、開演を待つ時間から、すでに祭りのような華やぎがあった。あらゆる世代の顔が見える。なかでも目を引いたのは、若い人たちと、子どもを連れた家族の多さだった。その人々が客席に移ると、にぎわいは静かな期待へと変わった。目の前の緞帳には、喜多方が誇る新宮熊野神社が描かれている。やがて照明が落ち、音楽が始まった。

私たちは十九世紀のパリへと運ばれていく。ミミとロドルフォの恋に立ち会い、ムゼッタとマルチェッロの騒動を見守る。先ほどまで喜多方の劇場に集まっていた人々が、いまは同じ物語の時間を生きている。第二幕、喜多方の合唱団と子どもたちの合唱が舞台に姿を現すと、客席の熱気はひときわ高まった。まるで街じゅうの人々が、クリスマス・イヴを祝うために、パリのカルチェ・ラタンへ繰り出したかのようだった。舞台の上で歌っているのは、この土地に暮らす人たちだ。その姿を見つめる喜びが、音楽の楽しさと重なって、劇場を満たしていた。

第三幕では、雪が降る。外は日差しの強い、暑い夏の土曜日だった。それなのに、客席にまでひんやりとした空気が届くように感じられた。パリの関税門の前に集う労働者や物売りの女たち。その寒さに身を震わせる感覚を、観客も分かち合っているようだった。 そして第四幕、ミミの死を前に、深い悲しみが客席を包んだ。人々の心が、ひとつの感情のなかで結ばれていた。その思いは、最後の拍手となってあふれ出した。

この日の舞台には、確かな力を持つ歌手と器楽奏者がいた。そして、喜びに満ちた市民合唱の活力があった。両者を結びつけていたのは、イタリアの歌劇場で腕を磨いた、熟練の指揮者と細やかな仕事をする演出家である。さわかみオペラ芸術振興財団の取り組みの強さは、この組み合わせにある。歌い、演じ、その舞台をともにつくる。そうした直接の参加を通じて、オペラがまだ十分に親しまれていない街にも、新たな観客との出会いが生まれる。音楽、歌、演技、美術がひとつになる舞台の豊かさを、人々は自分自身の体験として知ることができる。

喜多方の合唱団が登場したときの、あの客席の高揚を思い返す。そこには、自分たちの街の人々がオペラをつくっていることへの喜びがあった。その喜びが劇場全体に広がる瞬間を、私は確かに目にした。【寄稿:ヴィンチェンツォ・デ・ヴィーヴォ(アンコーナ・テアトロ・デッレ・ムーゼおよびオジモ・アカデミア・ダルテ・リリカ芸術監督)】

[ヴィンチェンツォ・デ・ヴィーヴォ|Vincenzo de Vivo]1957年イタリア・サレルノ生まれ。ナポリ・サン・カルロ劇場、ローマ歌劇場など欧州主要歌劇場で芸術監督・芸術顧問を歴任し、若手歌手の育成にも尽力。現在はアンコーナ・テアトロ・デッレ・ムーゼおよびオジモ・アカデミア・ダルテ・リリカ芸術監督。国際コンクール審査員、台本作家としても幅広く活躍している。
公演名
喜多方市合併20周年記念事業 喜多方 酒蔵オペラ「ラ・ボエーム」
開催日程
2026年6月27日
開催会場
喜多方プラザ文化センター大ホール
公演内容
全4幕/原語上演/小編成オーケストラ/日本語字幕付き
主な出演
ミミ:守木詩織、ムゼッタ:鄭美來、ロドルフォ:東原佑弥、マルチェッロ:田中夕也、ショナール:鈴川慶二郎、コッリーネ:松中哲平、パルピニョール:油谷充恩、ベノア/アルチンドロ:宮本史利、合唱:酒蔵オペラ合唱団、指揮者:山崎隆之、さわかみオペラオーケストラ:コンサートミストレス(1stヴァイオリン):佐藤麻里、2ndヴァイオリン:小柳悠、ヴィオラ:牧角かのん、チェロ:小森奏、コントラバス:奥山尋冬、フルート:牧ほのか、オーボエ:大木雅人、ファゴット:君塚広明、クラリネット:青木萌、ホルン:田中大地、トランペット:依田泰幸、トロンボーン:直井紀和、パーカッション:本間達也、ピアノ:清水綾、演出:武井基治、合唱指導:品田広希、後田翔平、黒田詩織




